Minoru Ohira


大平實(おおひらみのる)の尺度

木村一貫 ・ 新潟市美術館学芸員

     大平實の立体作品は、まず角材とベニヤ板で骨格を組むことから始まる。鑑賞者の目に触れない。いわば作品の内側を形づくる基礎工事であるが、大平實は正確な図面を書いたりすることはなく、ほとんどを直感とフリーハンドで行う。手近な材木を定規がわりにして直線を引いたり,しならせて曲線を描くことがあっても,物差しというものを,大平實は使わない。厳密な幾何学的形態とはどこが違う,自然界から生まれたかのような心地よいたたずまいも,まるで大平實の直感というものに組み込まれている,といったふうである。
 
    例えば,私の手元の定規にはセンチメートルという単位が刻まれている。子午線の長さを基準にするというこの尺度が,国際的な標準値とされることに疑問の余地はない。いっぽう,古くから用いられてきた「インチ」や「尺」といった単位が,どれも人体の寸法に由来することを思い起こした時,かつて生活の中で使われたあらゆる物は,それを使う人たちにとって適度なスケール感をもっていたことを思わずにいられない。 地球の生活に根ざした基準が,世界基準といわれるものにとってかわられることで,人間が個々に欲する心地よい尺度というものを,私たちは見失ってしまうのかも知れない。大平實はそうした人間と物との適度な関係性という尺度を,作品の中で蘇らせているのではないか。
 

Matthias Goeritz#1  the Olmec giant stone heads #2  Black Soup #3

     現在スタジオを構える ロサンゼルス群パサデナ市に移るまで,大平實は3年間メキシコに住んでいる。大学で学ぶ傍ら,古代メソアメリカ先住民の生活文化に惹かれ,博物館に足しげく通ったという。 横転する頭(Sleeping head)(#2)スープの鉢(Black Soup #2)(#3)を思わせる作品などは,あるいはオルメカの巨石頭像やトラティルコの土器 などの大らかな造形美に着想を得たものかも知れない。しかし,彼がメキシコへ向った当初の目的は,彫刻家マシアス・ゲーリッツ(1915-81)(#1)に会うことだった。ベルリンに生まれ,モダン・アートの先例をうけたゲーリッツは,34歳でメキシコに渡り,一貫してこの国の風土とモダニズムとの融和をめざした作家である。
 
     ロシア映画の改革児エイゼンシュテイン(1898-1948)は,メキシコを「過去がいまだに現在の上に君狼性である。臨す死の大国」と表現した。 スペイン人がもたらしたキリスト教文化,アメリカ製コーラの巨大看板が定着した現代にあっても,この国には,なお先住民の生活習慣を守る部族と,混血の民メスチーソたちとか複雑に絡み合い,奇妙な調和が形成されている。ゲーリッツが,外から持ち込んだ尺度を強引に当てはめず「共存と調和」の道に向ったことは,こうしたメキシコの風土と無関係ではないはずだ。そして,彼の思想を仰いだ大平實もまた,メキシコの土に染込んだ壮大な人間の歴史に思いを馳せ,自らの造形姿勢を展開していったのであろう。
 
     大平實が「廃材」を使うようになったことは,メキシコからロサンゼルスに移った後の新しい展開を物語っている。加工され,消費,廃棄という運命をたどったこの木材は,まさに巨大な人口都市に生きる,人間の営みの痕跡である。大平實はこれをナタで薄く裂き,あるいは小さなチップ状にちぎって作品の骨格を覆っていく。しかし長さも太さも異なる廃材を,彼はきれいに切りそろえたりはしない。不思議な郷愁を醸すテキスチャーが現れてくる。
 
     個々に出自の異なる廃材達には,捨てられる以前の記憶が宿っている。その歴史の差,性質の違いを不整形のまま生かすことで,大平實は素材に染みこんだ人の手の痕跡を紡ぎ合わせるのだ。大平實の造形とは,素材を己の「身体」と「直感」で測りながら,ひとつの「調和」を創造する作業なのである。